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ポッポ屋のブログ

喫煙者の日記です。

ほんと女性とジジイって人の時間奪うの平気だよな!

主語がでかい。

コンビニでレジしてて思うことなんで普遍的にそうだとか、日本全体でそうだとかは言えないことをとりあえず断っておく。

それじゃ本題。

 

人はいずれ必ず死ぬことを知らないやつは滅多にいない。忘れてるのは多いけど。

死ぬということは人の時間は限られてるということで、有限であればそこには自ずと価値が生まれてくる。

時間なんて言う必ず消費し続けて、かつ増えるのかどうかわからん代物は特に。

 

で、まず僕がレジ接客する概ねの女性とジジイね。女性は女性全体で何割ぐらいかな、8割かな?、ジジイはもう少し少ない気がする、それぐらいの割合で時間を奪うのが平気のように見える人がいる。

実際、時間は奪われているわけだけど、ここで言う時間は無駄な時間のことで、具体的にはカバンから財布を取り出すのにかかる時間とか、「ちょっと待って」といって売り場に行って新たな購入物を持ってくるのにかかる時間のこと。
女性に多いのはレジの前でレジ中商品選んでる間ずっとカゴを持ったままでいること、とかね。

なんで平気なんだといえるかというと、並んでいたにもかかわらず財布をカバンの奥底から出していないだとか、カゴに入った商品をすべてバーコードスキャンし終えたあとにやっとカバンの中の財布を探し始めるとか、合計金額の紙幣と硬貨を出し終えたあとに何か注文し始めるとか、ケロっとした顔で平然とやってのけているところを観て平気なんだと解釈した次第。

 

別に僕だけなら従業員だし、僕とその人の関係性だけで閉じてるから僕が何も思わなければそれで丸く収まって別に問題でもなんでも無くすことができるんだけど、並んでると後ろのお客さんとか絡んできてしまうからそうなると外に状況が開けてしまうからかなりつらくなる。

 

もう一度ここで言っとくけど、これは傾向の話ね。全員がそうじゃないでしょって言われたらその通りって言うよ、僕は。ただ、他の男性の20代30代40代とか学生などなどと比べるとその傾向がものすごくあると僕の小さな環境では見受けられるって前提で話してるのね。

 

暇なときならいいのよ。
いくらでも相手しますよ。でも、列ができてしまっているときにも暇な時と同じような速度で生きていてほしくないんですよ、周りは。
多分、こういうこと言われるまでは一ミリも倫理的な解釈で自分の行動考えてないと思うけど、こういうこと言われた途端に、好きに生きればいいじゃないとか、最近は世の中の速度が早すぎるとか世の中がせっかちなんだとか個人主義アイデンティティだの反論めいたこと急に思いつきでべしゃりだすと予想するけど、裸族も都会に来たら服着るからなって言いたい。

レジ中、男性客の大半は携帯がかかってきて電話に出たとしても「いまコンビニだからちょっと待って」とか言ってるからね。
女性客の大半は平気で楽しくおしゃべりし始めてあろうことか盛り上がるでしょ。

もう一度言うけど、男性客の中にも電話に夢中なのいるし、女性客の中にも節度ある人いるよ、でも女性客のほうがわきまえない傾向が強いよ。逆におっさんとかにいちゃんは逆にこっちが急かされることが多い。スポーツ新聞だけ買うおっさんとか140円握りしめてくるからな。

 

周りの人間を無視しすぎなんだよ。
レジの商品(揚げ物とか)のディスプレイを見てるお客さんがいたとして、僕ら従業員はこちらのレジ空いてますよ、って声かけるけど、必ずと言っていいほど無視するよね、女性客は。働き始めた時は僕の声が小さくて聞こえてないんかな? って思ってて直さないとなとか考えてたけど、そうじゃないって気づいたよ。


ここからは僕の感情だけど、そういう客に限ってレジ待たせてしまうとキレるように感じてる。これはキレられるって非日常だからより強く印象に残ってるだけだと思うし、またそんな非日常は参考例が少なすぎるから傾向なんて見いだせないから、「そんな気がする」としか言えないけど、僕の中ではかなり確信に近い形で思ってる。

21ジャンプストリートを観た

 

 これね。

 

話なんてあってないようなおバカコメディ。
すごく面白かった。

 

おバカ2人がとにかく楽しそうなんすよね。
ホームパーティで馬鹿騒ぎとか、車にはねられてみるのとか。

メタ的な小ネタちょいちょい挟んでるから笑いを逃してるかもしれんけど、それでもこれでもかってネタがぎゅうぎゅう詰めになってるからぶっ通しでおもろい。

あと、欧米の風刺ネタというかなんというか、例えば、
「ゲイを殴った!(レイシストだ)」
「殴ったらゲイだったんだ」
とかキレがあってよい。

 

繰り返しになるけど、内容はあってないようなもんなんで、特に語ることはないんだけど、最近こういう青春ネタというかそういうの弱いんですよね。

ざっと筋の説明すると、おバカ2人は新米警官で高校の同級生。
そんなアホな2人は童顔だというだけで高校に麻薬の潜入調査を命じられる。

で、27歳くらい? おっさん2人が数年ぶりに高校生活をおくるハメになる。まあすったもんだあって事件を解決するってはなし。

 

別にもう潜入捜査とか麻薬組織がどうとかそんな真面目なことはどうでもよくて、「高校生活をもう一度やり直す」っていうこの設定だけでなんか羨ましいというか泣けてくる。

 

高校生のころって妙に粋がってそんなにバカなことやりきれないけど、もうそこそこおっさんになると、「あ、こういうのしていいのね」「結構世の中の人めちゃくちゃしてんのね」とか知るからアホな高校生より大人ってよっぽどアホになるでしょ。

そんなアホになってる状態で高校生に扮するわけだからアホさ加減も超高校生級になれる。

そこにしびれる憧れるというか、まあいいなぁ、と観てる間中思ってた。

The MonkeysのDay Dream Blieverの歌詞に感性が反応する人は好きになれるんじゃないかな? おっさんかな?

Person of Interestの感想

 

 

amazonプライムでシーズン3まで無料だったから見た。

We are being watched……と冒頭のナレーションで言ってる通り、AIによる監視社会とはどうなんだ? というIFなSF作品で、サマタリン(敵)が出てきてからはエンターテイメント作品になっちゃったけど、その前まではとってもリアリティがあるし、そういう社会にはどういう批判が出るのかとか、どういう危険があるのかとか、色々語られてて面白い。

あと、単純に監視カメラの映像がクール。

 

まぁあの国らしいなというのが印象。いかにもプライバシー、自由、正義が大好物のあの国らしいわ。あと政府は絶対悪いことしてるのよね。まぁ実際してんだからしゃあないんだろう。

 

AI、劇中の「マシン」は世界の監視カメラとかスマホのカメラとかのあらゆる映像を解析してテロ起こすやつを未然に見つけて政府に報告するのがお仕事。でその時に「有用」な情報だけ政府に渡すんだけど、普通に殺人とかで死んじゃうor殺しちゃう人も察知するんだけど、そういうのはテロと無関係だから「無用」ってことでその情報は消しちゃう。そこで開発者のフィンチは色々葛藤の末、「無用」の人たちを助けることに全力を注ぐようになる。

冒頭のナレーションでそんなこんなをかっこよく言ってる。

 

頭脳派のフィンチはびっこ引いてるから、肉体派のジョン・リースを仲間にして次々と「マシン」からの情報を頼りに一人でも多くの命を助けることに奔走する。

 

普通の刑事モノとか探偵モノの推理モノと違うのは犯人と被害者を事件前に知っているというところか。

「マシン」は計画された犯罪しか感知できないから感情的にやっちゃうのは予知できないってことになってて、そのおかげか「コナンが行くところ人が死ぬ」問題を解決しちゃってるから、推理が必要な凝った殺人事件だけを追っていることに整合性が取れているのが面白い。

 

ただ、やっぱりネタ切れというか、巨悪との対峙となってからはむちゃくちゃやなって思うところも出てきて、うーんまぁようわからん。

 

テーマとしてはうーん、一つには絞れないけど、

まぁ命って大事だよねってことなんだろうな。
ただ、この主題が語られる時どうしても注意してしまうのは、それはどこの誰の命なのか? ていうとこね。「人間の」命が何よりも大切と、人間でくくってしまうとすぐさまウイグルチベットに入ってガンジー活動しないといけなくなるし、アフリカ行って食いもん大量輸送しないといけなくなるけど誰もしやしない。というかそういう状況に追い込んでんのも人間だったりするからその個人なり集団を皆殺しにする方が原因を取除く意味で手っ取り早いんだけど、そうなったら本末転倒で最初の命題と真逆のことしてるって笑いにもならんことになる。ましてや話し合いましょうとか最悪で、戦後ずっと話し合われてるけどその間に一体何人死んだんだろうね。過去は取り戻せないよ。

つまりはどこかの誰かの命が大切なのであってそれに比べるとどこかの誰かの命は大切じゃないとも言えないといけなくなってくるのね。

まぁ映画と関係ないからこの辺にしときます。

恋愛似非論考

結婚とはなんぞや? なんで結婚すんねん? って考えてて、うーんこんな感じじゃね? というのが出てきたから書いてみようかなと。

 

なんで結婚するんか? を考える前に「結婚」ていうときに「2人で暮らす」ってことと「制度」ということがごっちゃになってるからまず分ける。

 

「2人で暮らす」については結構簡単というか単純で、1,現代でも現代の一般的な生活(一日に3食とか清潔な身だしなみとか)一人分を一人で維持するのが難しいからというのが一つ。

もう一つが、2,風呂場で滑って転んで頭の打ちどころ悪かったら一人じゃ同仕様もなく死ぬからそれは困るな、というのが一つ。

 

1に関して補足。
1日にしなければイケない家事量を1とすると、働いている人1人時0.5ぐらい処理できる感覚がある。2時間あればなんとか維持できるけど、残業とか二日酔いとかで0の日も出て来る。
でも1日必ず家事量は1増加するから1日サボると次の日2になる、3日で3。

3だと6時間必要だからもう普通の仕事よね。休日が潰れるシステムがここに完成。

ただ2人になるともし1人が主婦or主夫なら毎日3処理できることになる。2人の家事量は1+1=2だから1の余裕ができる。
この余裕は好奇心さえあれば文化になる。

共働きの場合でも2人がどっちもバリバリ働く感じだったら家事量が2でその処理量は0.5+0.5の1でしかないからあんま変わらんけど、共働きの大部分は片方がさっきの余裕分を労働で換金している状態だから毎日処理量が2を維持する計算になる。

 

2に関しては補足いらんだろ。

ここまで恋愛のれの字も出てきてないことに注目すると、なるほど結婚とは恋愛とは無関係じゃないの? と言う仮説が僕には出てきた。

 

次に「制度」としての結婚に関して。

 

結婚すると国から結婚というのはこういうもんだからこうしなきゃならん! と2人の関係は義務になる。

その義務が、「名字は一緒の使え」「同居しろ」「助け合え」「浮気すんな」「夫婦になってから得た金は共有しろ」「かかる金は分担な」というところで、あと「誓い合った仲なんだから契約とかいつでも取り消せるぜ」って権利もあるのが面白い。

とまあ色々あるんだけど、名字以外って離婚のときどうすんのってところからの発想だとおもうのね。だからここでは割愛。

 

ただこれ以外に制度としての結婚の機能を考えると「誰の子かを戸籍上確定させるため」というのが出てくる。

僕はこの「子」という存在をどうするか? というところに制度としての結婚があると思ってる。
(「名字」もそれで「田中高橋しんいちろうです、よろしく!」なんて面倒この上ないしね。「田中高橋しんいちろう」と「鈴木橋本るる子」が結婚したら「田中高橋鈴木橋本しんいちろう」になるんだろうか。武田信玄の名前より余裕で長くなりそう)

生まれてきた子供全員をDNA鑑定する時代はまだ当分さきなので、誰とセックスしてできた子なの? というのは実際問題結構ブラックボックス
個人間というか気持ちは信頼とかetcでどうにかこうにか「うちの子」ですとできるんだろうけど、他人からしたら気持ちなんてどうでもよくて「そんな適当なん困るわ、種違いやったらどうなんねん」ってなる。
そこで、婚姻ってのが重要になる。
「妊娠発覚→夫だれやお前か→その子はお前のやろ多分」ということでめでたく子の責任を夫は負えることができると。

もし、種違いとしてもとりあえず夫の子としておいて、不服なら訴訟で決着つけると。そのときにDNA鑑定でもなんでも好きにしてということになる。

結婚て便利なんだね!

調べるとおもしろい。
この「お前の子な」って決めつけられるのは婚姻関係200日経ってから生まれた子についてらしい。(これを推定された嫡出子という)

じゃあ「できちゃった婚」はどうなん? となると出生届だすと普通に受理される。(この場合推定されない嫡出子という)
ただ違うのがさっき話した訴訟のとき。
推定される方は法律上の夫しか「俺の子じゃない」と訴訟できないし、出生を知ってから1年限定。
推定されない方は夫、母、子、実の父親など利益のある人が訴訟できる。しかも無期限。
つまりできちゃった婚だと遠い将来大成功を収めた夫が死んだあと相続とかで苦労するかもという話。

 

で、ここまで長いこと話しててなんだけど、恋愛なんて感情は一ミリも出てこないね!

つまりは結婚=恋愛結婚と考えるから難しいしややこしいんじゃないのか? という疑念が出てきた。

恋愛は恋愛。結婚は結婚。恋愛と結婚は別物。
恋愛と結婚の違いとか比較したり関連付けるからややこしくなる。

恋愛の延長線上に結婚はそもそもない。そもそもない話はしてはならんのだ。

ゴースト・イン・ザ・シェルを観た


『ゴースト・イン・ザ・シェル』 本予告

 

テーマ詰め込みすぎ。

薄っぺらすぎたけど、街並みとか画はやっぱり実写、見ごたえがあった。

結論としたら頑張って作ったMADだなという印象。

 

監督さんが元の映画をリスペクトしているんだろうなと、アニメ版の攻殻機動隊シリーズの名場面と同じ構図のシーンが盛りだくさんでそこら辺は今まで作られた映像版攻殻機動隊をところどころ思い出せてなんか旧作を見直したいなという気持ちにさせてくれたのであれは尺が2時間のCMだったんじゃないかって思った。

その尊敬心が原因かは知らないけど、アニメ映画版攻殻機動隊GHOST in the SHELL とか続編のイノセンス、テレビアニメ版のSACとかのそれぞれ持っている主題は、形而上学的でその中でもかなり重たい部類に入る大主題だと思うんだけど、それを2時間でやってしもうてるとこがあるように思えて、観終わって「なんじゃこりゃ?」感が沸いておこった。

「自分たらしめることとは何か?」という問いがあると思うんだけど、実写版ゴースト・イン・ザ・シェルでは語り尽くせてるとは到底言えないと思う。

 

僕は攻殻機動隊が昔から好きで、なんで好きなのかというと、ghost in the shell というようにghostつまり魂というか自分というかそういうモノorコトがshell機械という機械つまり量産品・世界に複数存在できるモノに包まれているという設定・仮定から導き出される、自己を確定し得るモノ・コトとは一体なんであるのか? という疑問が沸き起こってくるからで、なんか思考実験的な面白さと自己を確定しうるモノ・コトとは一体何であるか? という疑問それ自体への好奇心が相まって、映画や小説や音楽でもいいんだけど、そういった表現・表出群の基盤たる主題それだけで飯が何杯でもいけるのね。その上にあの押井節というか画としての情報量に制約があるアニメーションゆえか、台詞(言語)に頼っているせいでより思考が深まる気がしてもっと飯が食える感じになってるのね。

 

その観点から言うと実写って画に情報量が多いから語らずとも表わせ的な慣習というかあるから、台詞が説明調というか不自然というか舞台調というかそんなだとマイナス点になってしまうのが、まずもってハンデとしてあるなと。

加えて、監督というか脚本というかが、上で言ったような疑問をちゃんと自分の考えとして噛み砕けているのか、噛み砕けていると仮定してもそれを表出できるのか、それは言語に頼るほかないのか、実写映画という表現方法で行うべきだったのか、というところまで咀嚼した上だったのか? という疑問は観終わったあとの感想として確かに僕にはあった。

で、僕の結論としてはそこまでの咀嚼はできていなくて、最悪元のアニメが好きで実写にしてみたかっただけだったんじゃないかなと思った。だから頑張って作ったMADという評価になった。

ドント・ブリーズ観た

 

 これ。

 

盲目の退役軍人であるクソジジイの家から脱出するだけの映画なんだけど、PV観た時点からこれはもうおもろいっすわ感があって、実際観てみたらやっぱりおもろいっすわ。

 

Don't breathe 息すんな言うんやから息をのむ作品なんだけど、あれね僕ひねくれもんやからそう言われたら意地でもビビらんぞと思うんやけど、気づいたら息止めてたね。

 

なんというか、ジジイが怖いんすよ。

こんなマッチョなクソジジイどこで見つけてきてんていうぐらいジジイがイカしてるしイカれてる。イカレ方がかなりぶっ飛んでたお陰で話としてもおもろいというか一個深い感じになってて、そこが良かった。

 

あと、実際本編たる家の中に入る前にすごく感じたんだけど、画がすごいコントラスト効いてて面白かった。

エッジが効いてるというか。

これがこれからはじまる怖い夜の舞台ですよぉ〰って家を映すシーンがなんかゲームのOPっぽさがあって。

あと、真っ暗シーンね。目をこれでもかって見開いてるとこ。そうなるそうなるみたいなリアリティあって怖かったなあ。

盲目のジジイも「welcome to my world」みたいやしなんかね。

 

最近あれね。観る映画当たりが多くて嬉しいっすね。

プレミアムフライデーなんて始まってんのな、クソやな

経団連日本国政府が推進喚起してるってところでダークなイメージしか思い浮かばないね。

 

月末金曜の就業を15時上がりにしよう=プレミアムフライデー、だそうで。こんなこと言い出した理由が「消費喚起」だそうで。

 

消費換気したいなら消費税なくせよ。消費するのに税金かけられてんだから消費冷えるに決まってんだろ。なんでプレミアムフライデーなんてわけわからん小手先の解決策しかしないんだよ。消費税廃止しろ。

 

多分、働きすぎが問題になってるからこういうこと言い出したんだろうけど、そもそもなんで働きすぎてるかって言ったら雇用者が労働基準法をろくに守ってないからだろ。なんで守らんかって言ったら守らんでもお咎めないからだろ。なんでお咎めないかって言ったら咎める機関が機能してないからだろ。なんで機能してないか、労基の人員が足りてないからだろ。まずは労基の雇用増してバンバン摘発&逮捕しまくったら勝手に休暇増えるよ、多分。