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ポッポ屋のブログ

喫煙者の日記です。

ロードオブザリングを観て思ったこと

映画を観てこれを書こうと思ったんだけど、映画についてどうこう言うつもりがまったくなくてかなり脱線すると思う。

 

ファンタジー作品の完成度というか芸術性の尺度のひとつに虚構から現実を作り上げるか? ってのが僕はあると思ってる。

その上で指輪物語の完成度は他のファンタジー作品とかとは一線を画しているところがあって、それは中つ国の世界の独自言語で語られる神話なり伝説の翻訳という立場をとっているところにある。

現実でさえ国が違えば言葉は違うのに、ましてや中つ国みたいなファンタジー世界じゃ国どころか種族が違うんだから当然使われている言語が違う、と想像するのは至って当たり前なんだろうけど、それを小説化するに当たって、たとえば台詞のカギ括弧の中がいきなり観たこともない文字になっていたら読者は困るわけで、結局作者が用いる言語で統一して描かれることになる。つまりはネイティブが英語のイングランド人が登場してイングランド人同士で会話しているのに小説の文章上では日本語で書かれてしまうことを言ってる。地の文で『と彼らは英語で語り合っていた』みたいに表現するのもいいけど、そうすると『英語で語り合っていた』ことに意味が出てきてしまって困ったことになる。だから特段気にしないことにするんだろうけど、トールキンは言語を作っちゃったからまあすごい。

神話を描く上でその民族の歴史は欠かせなくて、歴史とは言葉による伝承であるからして、言語のくびきから逃れられない。つまり神話はその言語が作り出すと言って過言じゃないし、というより言葉が神話を生み出しているのだと僕も思う。

ただここからは予想だけど、トールキンの虚構世界で虚構の言語を用いる民族や種族の関わる神話を生み出したという偉業はファンタジーとしてまだ完成した訳ではないとおもてって、もし上記した尺度の上での到達限界点があるとすればそれは現実世界で言語が統一された時にしか完成されないと思うわけ。

何でかって言うと、中つ国でトールキンが語らせた人工言語の素地は北欧とか古英語とかから引っ張ってきているもので、それはトールキンの趣味だろうけど、つまりたとえば日本語を素地にした人工言語は使われていないので、日本語のような言語を素地にした人工言語を使用した民族なり種族の神話を紹介するという形式でのファンタジーも作られうるとおもうから。要は言語という尺度でもってカバーし切れてないという理由でまだまだファンタジーにはフロンティアが残ってると思う。ただ、現代のファンタジーはどちらかというとそういう技術面というか言語面という土俵で競ってるっていうよりリアリズム文学? 日本じゃ純文学なのか? まあそういうのとの対抗勢力としての一勢力みたいな格好になってるんじゃないかなって勝手に妄想してる。「小説は楽しいことが何より大切(エンタメ脳)」VS「小説は楽しい以上の何かを感じさせてくれる(純文学脳)」の醜い争いみたいな。

まあそんなファンタジーの今後の趨勢とかはどうでもいいんだけど、なんかこう日本語とか中国語とかインド・ヨーロッパ語族じゃないような系統のファンタジーが読みたいし映画も観てみたいと思うけど、小説はできるかもしれないけどたぶん映画は僕の人生中では観られないんだろうな。三世代ぐらい先かな、日本があればだけど。

でも、つくづく歴史は作られるもんだってのを痛感した気分だし、途中の思考経路全部すっ飛ばして言うけど、歴史が語られなかったら道徳もヘチマもないから作らなければいけないもんなんだなとも思った。

話をロードオブザリングに戻して、あの世界観での善悪は自然を壊すかどうかみたいなナウシカな倫理観があったように思うし、故郷を奪うやつ許せねえみたいなのもあったと思う。自然を愛そう、大切にしないと罰があたる、木を無闇に切り倒すやつはなってない、みたいな価値観って古代ギリシャの時代にはそこそこできあがってたようにおもうんよね。

フェニキア人ってのに今すごい関心があるんだけど、フェニキア人ってカルタゴハンニバルで有名だけど、僕がこいつらすごいなって感じるのは地中海の海運を牛耳ってたってのが大きい。そのとき拾った知識なんだけど、あのアナトリア半島とかペロポネソス半島とかエジプトとかのあたりってなんとなく岩肌が丸出しで森とか少なそうなイメージなんだけど、あそこには元々森林が生い茂ってたみたいでそれを船とか鉄とかのために切り倒しまくって不毛な土地にしちゃった経緯があるのよね。それで雨の水分を土地にとどめる機能が木を切りすぎたために低下して農業の生産量が著しく低下するようになって食糧難に陥っちゃう傾向になってしまったから豊かな土地を求めて戦争ばっかするようになった。豊かなってのは近くに川があって灌漑しやすいような土地とか。稲作と違って麦って連作障害が起きるから日本のような稲作より土地を多く必要とするんだろうね。でローマとかイスラム帝国とか出てきて統一されるようになってやっと安定したイメージを勝手に持ってて、話を戻してナウシカな倫理観ってそういう過去の失敗が語り継がれて今の時代にも受け継がれてるのかなって、勝手に妄想してる今日この頃。

というような根拠のありそうな妄想だけで架空の歴史を紡ぐのがファンタジーなので、最近現実世界がとんと面白くなくなったんでファンタジーな世界で生きてたいなと思うのでした。ちゃんちゃん。